
火災現場に革命をもたらした「石けん系消火剤」が世界を変える!
シャボン玉石けん 研究開発本部 環境防災担当部長 土田久好
意外に思われるかもしれませんが、シャボン玉石けんでは、2007年から消防士が火災現場で使う「石けん系消火剤」を作っています。安全性がきわめて高く、環境にやさしい品質は林野火災用・泥炭火災用にも展開可能なことから海外でも注目されているとか。従来の消火活動の常識を覆すかもしれない画期的な発明なのです。
では、なぜそんな製品が北九州の石けんメーカーで生まれたのか。その背景には、開発に関わった人々の理念と挑戦のドラマがありました。ここでは開発協力者の一人だった土田久好さんをお迎えし、“石けん系消火剤開発秘話”を紐解きましょう。
シャボン玉石けん 研究開発本部 環境防災担当部長 土田久好 1958年、福岡県北九州市生まれ。北九州市消防局に在職中、阪神・淡路大震災や東日本大震災などで災害救助を経験する。第30代消防局長を務めあげ、定年後は同市危機管理室で2年間勤務。2021年よりシャボン玉石けんに移籍し、環境防災担当部長として「石けん系消火剤」の普及に尽力。 |
消防局の依頼から始まった、前例のない開発プロジェクト
「石けん系消火剤」開発のきっかけは、以前土田さんも在籍していた北九州市消防局からの依頼だそうですね。詳しい経緯を教えて下さい。
- 土田
- では、まず「消火剤」についてお話ししましょう。日本では1960年代から中高層の建築物が増えるのですが、消火作業で上層階の火災を消した水が下に流れ、下層階に水漏れによる二次被害を発生させるケースが消防の課題になっていました。
そこで「いかに少ない水で火を消すか」が模索され、解決策に挙がったのがアメリカ製の合成系消火剤。これを放水直前に混ぜると水が泡状になり、その泡の特性によって、少量の水で素早い鎮火を可能にするというものです。さっそく消防局で効果を試していると、そのさなかの1995年に阪神・淡路大震災が発生。私も初日から現地入りしましたが、大型消防車は入れず、消火栓や防火水槽も倒壊してほぼ使えないため、目の前で次々と建物が焼け落ちていきました。
悔しさとともに、水だけに頼る消火活動に限界を感じた瞬間でしたね。
それが契機となったのか、以降、合成系消火剤の導入が本格的に始まります。ですが、材料に含まれたケミカルな毒性があまりに強く、消防士の肌に炎症が起きたり、消火後の泡がずっと消えなかったりと、環境や健康に対する不安の声も聞こえてきました。そこで大学の先生に調べてもらうと、自然界では毒性が完全に分解されず、河川や井戸水を汚染し、生態系にも影響するとのこと。そんななか、私の先輩だった山家桂一さん(後の第25代北九州市消防局長)がシャボン玉石けんを訪れ、「環境にやさしい消火剤を作れませんか?」と持ちかけるのです。2001年のことでした。

依頼先が化学メーカーではなく、無添加石けんメーカーだったのはなぜでしょう。
- 土田
- 当時山家さんは警防課(※現場の消防士が活動しやすいよう適切な物品や装備を購入する部署)の課長だったので、特に安全への意識が強かったと思います。だからこそ「この会社なら」と望みをかけたんじゃないかな。全国の消防士のために、自ら行動を起こされたんですよね。
でもそれ以上に驚いたのは、この提案を聞いた先代社長の森田光德氏が「環境への貢献はシャボン玉石けんの理念と一致します。それならやってみましょう」と快諾されたこと。それまで作ったことのない製品だったのに、経営姿勢にブレがないなと感心しました。
こうして北九州市消防局の協力のもと、国内でも類を見ない「石けん系消火剤」の開発プロジェクトが始まります。しかし道のりは険しく、結局完成に7年かかってしまいました。その辺りのことは製造部部長の古市真くんに語ってもらいましょう。

- 古市
- 人命に関わる製品なので当然ですが、最大のハードルは、とにかく安全基準が厳しいことでした。原材料は厳しい規格をクリアしたものしか使えません。計量も石けんと比較しても非常に精密に実施。気温によって材料変質・劣化しないようにすることまで配慮する必要があります。ベースとなる液状石けんを作る釜も常時2名で2重確認を行いながらつきっきりで管理するなど、製造工程、計量が細分化され厳格なため、手間やコストが通常の倍以上かかって苦労しました。しかしそこまでやらないと、何段階もある品質チェックをパスできません。品質チェックが1つでも不合格ならすべて破棄。そんな過酷な状況で、製造を行うことが求められています。開発時にはシャボン玉石けんの研究開発部において800種以上ものサンプルを作りながら研究を続けた結果が生んだ製品だと思います。その製品を実用化できるまでの形にすることにおいては製造部の意地ですね。
800種とはすごい!それなら7年がかりなのも納得です。
- 古市
- シャボン玉石けんだけで行っていたら、もっとかかったと思いますが、途中から北九州市立大学の上江洲一也先生(現・副学長)や総務省からの支援も得られたことで一気に弾みがつきました。やがて多くの難題を克服し、一般建物用の「石けん系消火剤」が2007年に完成。同年の第五回産学官連携功労者表彰では、「少水量型消火剤の開発と新たな消火技術の構築」の功績が評価され、北九州市立大学国際環境工学部、北九州市消防局とともに総務大臣賞を受賞しました。産学官連携事業として現在も継続中のプロジェクトであり、私どもも誇りに思います。
さらに、研究開発の過程で液体石けんを安定化させる技術が大きく進展しました。その後、液体洗濯石けんやハンドソープ、ボディソープといった新商品に応用することができました。そういう意味でも、消火剤製造はシャボン玉石けんにとって価値ある挑戦でした。

インドネシアをはじめ、海外でも注目度が上昇中
- 土田
- こうして関係諸氏の献身から生まれた「石けん系消火剤」は、環境への負荷が少なく、必要な水量も従来の17分の1(実火災再現実験他)で済むという優れた製品になりました。
国内の取引先も広がっており、現在は北九州市、熊本市、佐賀市、那覇市、相模原市などの消防本部で採用されています。前述のように製造コストがかさむため、どうしても価格は割高になりますが、どのお客様も私たちの想いや製品のクオリティをしっかり理解して選んで下さいますね。私も消防局時代に「石けん系消火剤」の開発に関わったので、長所や魅力は熟知しているつもり。他の自治体でも使っていただけるよう、今後もいっそうPRに励みます。
また、近年は海外での普及にも力を入れています。すでにアメリカ、中国、フランスなど8カ国で特許を取得しています。さらにインドネシアでは、同国の依頼に基づき2013年から森林火災に適した消火剤を研究しています。可燃性である泥炭層を1,400万haも地盤に持つインドネシアでは、焼き畑が原因の森林火災や泥炭火災が頻発し、煙害による健康被害や温室効果ガスの発生などが深刻な問題になっているんです。
このインドネシアでの取り組みは、2019年に「環境省グッドライフアワード/環境大臣賞 企業部門」を受賞。「これは“消防革命”だ」という最高の称賛もいただきました。

地球温暖化による高温・乾燥・少雨の影響か、世界各地で同様の森林火災が起きています。
- 土田
- 森林火災・泥炭火災では、鎮火後に以前と同じ自然環境を取り戻せるかも重要なテーマです。ただ、合成系消火剤を使うとどうしても毒性が残り、樹木が復活しにくい。
けれども「石けん系消火剤」なら原料成分が100%分解されますし、北九州市立大学との共同研究で行った実験によれば、(肥料の原料でもある)カリウムや窒素を成分中に含むため、「石けん系消火剤には樹木の成長促進効果がある」という実証結果も出ています。こうしたことから、私は「この製品が地球温暖化に対するゲームチェンジャーになるのでは?」と期待をかけているんです。ちなみに海外には水資源の貧しい国が多いので、使う水が少量で済む点も「石けん系消火剤」を選ぶメリットになるでしょう。
ともあれインドネシアの件を解決すべく、開発メンバーは現地に入り奮闘中。私もここ2年ほど現地で実証実験に立ち会い、アドバイスやリサーチを行っています。まずはインドネシアで成功モデルをしっかり作り、海外での普及促進に繋げたいですね。

人道支援として、ウクライナに「石けん系消火剤」を提供したとも聞きました。
- 土田
- 2023年8月ですね。日本大使館からウクライナの国家非常事態庁に連絡してもらい、「同国内における建物や森林火災の消火活動支援」を目的として3,000リットルを送ることができました。どんな状況下であれ、民間人が火事で焼け出される様子をただ見ているのはとてもつらい。後日「石けん系消火剤」が使われている映像を拝見し、微力ながらお役に立てたのかな……と現地に思いを馳せました。
地方の産学官から生まれた製品が、日本だけでなく、世界の現在と未来を守るかもしれない。お話を伺って胸が熱くなりました。
- 土田
- 消火剤とは本来使われない方が幸せですが、それでも火災は起きますし、事実、国内外で大規模な林野火災も起きています。いざというとき私たちの技術が少しでも貢献できたら幸いです。健やかな環境を、健やかなまま次世代に渡すのもSDGsの時代には大切なことですからね。そう考えると、これもまたシャボン玉石けんの企業理念(「健康な体ときれいな水を守る。」)にふさわしい製品なのでしょう。
私も最初に声をあげてくれた山家先輩の意志を受け継ぎ、「石けん系消火剤」を力の続く限り世に広めたいと思います。