
シャボン玉石けんの課題をデジタルで見える化
「スマート工場」推進で製造業の未来にも貢献したい
シャボン玉石けん 工場管理部・スマートファクトリー推進課
課長 山野 京亮
皆さんは<2025年の崖>をご存知ですか?「今後日本企業がDX(※註)を推進しなければ、2025年以降の5年間で最大12兆円の経済損失が生じる可能性がある」という、2018年に経済産業省が発した警句です。とはいえ人材やコストなどの問題で、本格的に実践できる企業は少ないと言われています。
今回は、その数少ない1社であるシャボン玉石けんでデジタル化を担当する責任者・山野京亮さんにお話を伺いました。外国企業からも注目される、創業以来の大改革の中身とは?
※註/デジタルトランスフォーメーション。企業活動全体をデータやデジタル技術を活用することで、企業のあり方を変え、顧客に新たな価値を提供する取り組み。
今回のテーマはシャボン玉石けんの“デジタル化プロジェクト“です。そもそもこれはいつ始まったものですか?
- 山野
- 発端は2021年です。2022年に無添加石けんメーカーとして50年目を迎えた当社ですが、同時に「2025年の崖」に繋がる課題も見え始めていました。例えば設備の老朽化・技術の承継・競争力の強化・社員の安全性確保などです。当社の3つの成長戦略の1つが「事業基盤の進化・強化」。そこで「デジタルの力でそれらを解決し、事業基盤の強化に努めよう」と考えた工場長の藤島が、2021年に設置したのが「スマートファクトリー推進チーム」です。当時私は製造部門で品質管理をしていましたが、興味を引かれてメンバー入りを志願しました。
選抜されると当社のリスキリングへの支援を活用し、教材やビジネススクールなどで2年かけて専門知識を徹底習得。2023年より「推進チーム」を発展させた「スマートファクトリー推進課」として正式部署に昇格。その課長を拝命しました。とはいえ可能性が未知数だった部署だけに、初期メンバーは私一人でしたが(笑)。

そんな状況から、どのようにスタートを切ったのでしょう。
- 山野
- この課の目標は、製造業のDXには欠かせない「スマートファクトリー(以下、SF)」の実現です。SFとはデジタルデータやAIなどを活用して業務管理を行う最先端の工場ですが、正直言って何から手をつければいいのか分かりませんでした。するとSF推進課発足の翌月、以前からお付き合いのあった九州電力グループのQsol株式会社さんから「SFの共同研究をしませんか?」という打診があったんです。当時Qsol株式会社さんは製造業向けの生産管理システムを開発しており、さらなる品質向上のためにそのシステムを当社の工場で運用したい──とのこと。これは絶好のチャンスと思い、私もすぐに快諾しました。あれは本当に奇跡的なタイミングでしたね。
理想のパートナーとの連携があったのですね。そこからの流れを教えてください。
- 山野
- まず3つの目標を立て、私たちなりのSF化に取り組むことにしました。それぞれの狙いとしては、①「生産性分析」=生産状況や設備の稼働状況をリアルタイムで把握し、分析結果を現場改善のための意思決定に役立てること。②「エネルギー管理」=電気・ガス・水などエネルギー資源の使用量を製造ラインごとにチェックし、改善に活用すること。そして私が一番重要な課題と考えているのが③の「安全管理」で、可能な限り作業環境や現場スタッフの状況を可視化し、安全・健康に配慮する仕組みを作りました。当社の理念である「健康な体ときれいな水を守る。」は、当然社員たちにも適用されるべきものだからです。
こうした目標実現の手段として、Qsol株式会社さんに様々なセンサーやカメラを設置してもらい、工場内のあらゆるデータを瞬時に収集できる体制を構築。それらをクラウドにアップして活用する、いわゆる「見える化」を実施しました。

そうして集めたデータを分析し、山野さんが各部署に改善点をアドバイスするのですか?
- 山野
- はい。これまでデータを見ながら話し合うという文化がなかったのですが、少しずつ浸透しているところです。また私の方でも日々新しいアイデアを形にしようと努めており、現在は「残業時間が法定内に収まっているか」「工場内に事故の兆候はないか」などを可視化するための専用ツールを作っています。
ノウハウの公開を通して、製造業界の成長・発展にも貢献したい。
成果も着実にあがっていると聞いています。
- 山野
- まだわずか2年ですが、いろんな変化が起きています。以前はそれぞれの部署で収集・管理していたデータを今は全社員が共有できますし、データ量自体も飛躍的に増大。それらが有機的に社内を流れ、大小の問題解決に役立っています。個人的に驚いたのは②のエネルギー管理で、夜間の消費電力が意外に大きいことが判明し、一部フロアの電力を抑えたところ年間100万円の経費削減になったんです。同様のケースで、工場ではエアー(空気)をたくさん使うのですが、設備の劣化や不良によって効率が悪化している状況について、従来は音などから人が見つけていました。それがデータとして即座に分かるようになったため、先手先手で設備を交換し、コスト削減に繋げることができました。今まで気付かぬうちに失っていた利益を「見える化」で守れたわけですね。もし工場全体を見直すことができたらさらなる経費削減が期待できそうなので、さらに運用を進めていきます。

スマートウォッチを活用する③の試みもユニークです。
- 山野
- スマートウォッチには、Qsol株式会社さんと共同開発したアプリが入っています。主に工場勤務の社員に着けてもらい、心拍数から残業時間の有無まで常に様々なデータを取得しています。夏場に40℃を超える“釜炊き”をはじめとする製造現場では、アプリが危険と判断したら「熱中症の予防に水分補給を」と着用者にアラート(警報)を出すこともあります。「いつも見守られている気がして安心」という社員の声も多いんですよ。仕事の邪魔にならないし、デバイスを介して着用者と管理者がメッセージをリアルタイムでやり取りできるのも非常に有意義ですし、効率改善にもつながっています。まだまだ進化が期待できそうなので、Qsol株式会社さんと研究を重ねたいですね。
シャボン玉石けんのSF化は異業種でも話題です。遠方から工場視察に訪れる企業も多いとか。
- 山野
- ここまでSF化を進めた中小企業はまだ珍しいそうです。某大手自動車メーカーを含め、視察に来られた会社はもう20社を超えました。逆に勉強会や説明に招かれることもありますね。こうして本来知り合うことのない業界に当社の名が広まり、交流ができるのは嬉しいことです。先日は韓国企業からの依頼で、1年かけて社員1,000人の視察を受け入れることが決まりました。ちょっと大変になるかも(笑)。
ただ、それでも当社が外に向けてノウハウを公開し続けるのは、日本の製造業の課題解決や活性化に貢献したいという想いがあるから。当社がSF化を推進するきっかけとなった悩みは、製造業界全体が抱えている課題でもある。少しでも他社さんの成長や発展のお役に立ち、製造業の未来にも貢献できたら良いなと願っています。
これから取り組んでみたいことはありますか?
- 山野
- これまで五感を大切にしてきた熟練職人の技術を、デジタルやAIにどこまで落とし込めるかにチャレンジしたいですね。とはいえ、“職人の手による手間ひまをかけた無添加石けんづくり”へのこだわりは当社の誇りでもあり、デジタルでは再現できない領域もあると思います。職人の手や経験に頼るべきところは尊重し、伝統とDXの融合を進めていきたい。多分最も難しい仕事になるでしょう。

技術承継の点でも気になるテーマですね。SF化はシャボン玉石けんの未来に関わる重大な事業だとあらためて感じます。
- 山野
- 会社の転換点に立っている、という実感はありますね。でも代表の森田には「チャレンジや変化を恐れずに」と背中を押されていますし、社員の喜びに繋がる仕事ですからやりがいは大きいです。扱うのは“商品”ではなく“環境”ですが、同じ“ものづくり”の楽しさもありますしね。近々Qsol株式会社さんともAIを使った新プロジェクトがスタートします。これからもリスクを恐れず、様々なチャレンジをしていこうと思います。