自身の経験を元に、香害・化学物質過敏症に悩む患者や家族に寄り添う化学物質過敏症支援センター理事長 広田 しのぶさん

2026.02.19

自身の経験を元に、香害・化学物質過敏症に悩む患者や家族に寄り添う
化学物質過敏症支援センター理事長 広田 しのぶさん

欧米では1970年代に化学物質過敏症(CS)やシックハウス症候群の概念が生まれ始めたものの、日本では1990年代になってようやくシックハウス症候群が社会問題として顕在化し、以降、人工的な香料などの化学物質による体調悪化に悩む「化学物質過敏症」が少しずつ認識されるようになってきました。その患者会が閉鎖したため2000年に新たに設立された化学物質過敏症支援センター。ご家族の発症がきっかけで活動に参加していた広田さんを中心に支援の輪が広がり、現在も神奈川県横浜市の事務局を拠点に、全国から寄せられる相談に対応されています。ご自身の経験を元に相談者に寄り添い、より良い道に向かって伴走する広田さん。活動に寄せる思い、その原動力についてうかがいました。

広田 しのぶさん
認定NPO法人化学物質過敏症支援センター理事長。子育て時代に食の安全性や環境問題を意識するようになり、現在も食材や身の回りのものはできるだけ無添加を選択。30年ほど前に娘が化学物質過敏症を発症。病を克服した経験を踏まえ、患者とその家族の支援にあたっている。シャボン玉石けん主催の「香害・化学物質過敏症」啓発講演会(2022年7月)にも登壇するなど、啓発活動も積極的に続けている。
※化学物質過敏症支援センターは2000年に設立。2001年1月には、内閣府より「特定非営利活動法人(NPO法人)」の認証を得て、現在に至る。

化学物質過敏症に悩む患者が全国から

設立当初は今と社会状況や人々の理解なども随分と異なり、ご苦労も多かったと思います。そもそもどのようなきっかけで活動に参加するようになったのですか?

広田さん
今から約30年前、当時25歳の娘が原因不明の不調に悩まされたことをきっかけに「化学物質過敏症」の存在を知りました。それまで元気で明るかった娘が急に泣いては悲観的な言葉を繰り返すようになり、しばらく気分の落ち込み、不眠、食欲不振などが続いたんです。「鬱病かもしれない」と精神科を受診してみましたが、病名はつかず、薬が処方されました。しかし、薬を飲むと回復どころかますます症状が悪化してしまい、当時は原因も相談先もわからず親子で途方に暮れたものです。その後、北里研究所病院で職場のリフォームをきっかけに発症したことがわかり、適切な対応で今は改善しました。このような経験から同じような悩みを抱える方々の力になりたいと思い、お手伝いしていた患者会(化学物質過敏症ネットワーク)が閉鎖したため、当センターを立ち上げ、患者やその家族の支援に携わるようになりました。

娘さんの発症がきっかけだったのですね。今でこそ化学物質過敏症への社会の理解が少しずつ広がっていると思いますが、当時は周りの理解はもちろん、医療機関や支援先を探すことも大変だったと思います。

広田さん
そうですね。当時はインターネットもまだ一般的ではなく、情報はほぼ皆無。医療関係者でも化学物質過敏症を認識しているのは一部の方に限られていた時代です。精神科の薬を飲んでいっそう症状が悪化する娘を見て「これは違う」と思っても、他に手段がないんです。何が原因かも、どうすれば良いかもわからず途方にくれました。ただただ体力が衰えていく娘を家族みんなで見守りながら、必死で解決の糸口を探しました。そんな中、以前参加した石川先生の講演会(テーマは農薬と神経毒性)で、化学物質過敏症の話をされたのを思い出しました。そのとき、「化学物質過敏症でうつになって精神科にいっても治らない」という話をされていたのを思い出し、藁をも掴む思いで北里研究所病院に行きました。

化学物質過敏症治療の第一人者との出会い

娘さんの体調の変化はずいぶん不安だったでしょうね。石川先生の言葉を思い出されてよかったですね。石川先生について少し教えていただけますか。

広田さん
石川先生はご専門の神経眼科学を通して、農薬中毒などを研究する「臨床環境学」の推進に積極的な役割を果たされ、国内でいち早く化学物質過敏症の存在を明らかにし、危険性を警告された医師です。アメリカでも研究活動をされていて、帰国後は同じご専門の宮田幹夫先生とともに研究を進めていらっしゃいました。娘は、宮田先生に診ていただくとすぐに化学物質過敏症の患者特有の眼球反応が確認され『化学物質過敏症』と診断されました。そこからの治療は至って明解なもので、『衣食住、自分を取り巻くありとあらゆる化学合成された化学物質から離れること』というものでした。娘の場合は職場のリフォームがきっかけで発症していたことがわかったので、まずは、塗料・シンナー・接着剤などの化学物質を使っている工事現場といった場所に近付かないようにしました。そして、精神科で処方された薬をやめ、規則正しい生活を心がけました。するとそれから約1週間後、これまでの不調が嘘のように、娘の体調に改善が見られたのです。

治療方法はとてもシンプルですが、日常生活にあふれる多様な化学物質から完全に離れることはむずかしく、本人・ご家族の努力は大変なものだったと思います。しかし、化学物質がどれほど体に影響していたのかがよくわかるエピソードですね。娘さんが改善されて、本当によかったです。

広田さん
これまでの不調から一変、原因がわかればこんなにもスピーディに解決するものかと、安堵したことを覚えています。この体験から「知ることの大切さ」を実感し、同じように困っている方の力になりたいという思いが今の活動につながりました。相談の内容は時代とともにシックハウス症候群から徐々に「香害」にシフト。今では香料に関する相談が大半を占めるようになり、ご相談者の方には、『まずは合成された化学物質から距離を置くように』とお伝えし、必要に応じて医療機関をご紹介させていただいています。ご案内できる医療機関は限られていますが、最近はベテラン医師に加えて化学物質過敏症を診てくださる若手医師が増えてきているのは心強く、とても良い動きだと思っています。

シャボン玉石けんも2018年から『香害』の啓発活動を進めています。嗜好品として香りを楽しんでいる方もいらっしゃるので、むずかしい一面もありますが、石けんメーカーである当社が発信し続けることにこそ価値があると信じ、活動を続けています。

広田さん
『香害』の意見広告、私も拝見しました。個人が声を上げる以上に、企業に発信いただくのは大きな力になりますね。小さな子どもたちが人工的な香料に苦しめられるなんて、本当にあってはならないこと。香りが好きな人がいることも、汗の匂いを配慮して柔軟剤を使う人がいることも理解した上で思うことは、その香料が原因で行動が制限されている人がいるかもしれないことにも思いを寄せてほしいということです。ご相談者の中には、ご家族や友人など身近な人にすら理解してもらえず『聞いてくれる相手がいるだけで安心した』と電話口で涙される方、病院で「気のせいだ」「そんな病気はない」と言われて悔し涙が出たという方もいらっしゃいます。私は「泣いてる場合じゃないよ、しっかりと訴えて」と励ますこともあるんですよ。「ニオイの強い線香や防虫剤のニオイが染み付いた喪服に近づけず葬儀に参列できなかった」「香水を嗅ぐと頭が痛くなるから電車に乗れない」など、誰かがつけている人工的な香料のせいで日常が奪われている人がいるんです。中には「タバコのニオイがきついと言ってもお父さんがやめてくれない」「柔軟剤のニオイで気分が悪くなると伝えてもお母さんがやめてくれない」など子どもからの訴えもあり、どうにかしてあげたいと心から思います。『必ず解決する方法はあるから、一人で絶望しないでほしい』。悩んでいる人にここを見つけてほしいという思いで、日々の業務に取り組んでいます。

好き嫌いではなく、危ないから使わない

当社には、お客様から石けんを使用し始めた理由として「香料による身体的苦痛の訴え(お悩み)」が以前より多く寄せられていました。1990年くらいから少しずつ「化学物質過敏症」という言葉も届くようになりました。2016年からは毎年、香害・化学物質過敏症に関する意識調査を行っていますが、認知されるようになる一方で、人工的な香料による不快や体調不良を感じたことがある人も年々増えています。柔軟剤や香水、整髪料など、街を歩けばいろんなところから漂ってくるので、患者さんにとってはとても苦しい状況だと思います。

広田さん
シックハウス症候群は限られた空間なのでまだ対策しやすかったとは思いますが、2003年に有害化学物質の使用規制が設けられて以降、シックハウス症候群に関する相談の件数が減少したという実績があるので、香料についても、使用規制など何らかの基準が必要だと強く思います。香料って空気で運ばれるでしょう? たとえば同じ空間にいても、知識があれば、食べ物なら自分たちで避けることもできるけれど、空気に関してはその場にいる限りは避けることができません。生きるために必要だもの。避けられないからこそ、その空気が誰にとっても安心・安全であるための規制をしなくてはいけないと思うのです。たとえば、福祉の現場でも介護する側・される側、どちらかの柔軟剤の香料が強すぎて近づけないというご相談をいただくようになりました。そうすると社会の仕組みが成り立たない事態にもなりかねない。まずは一人ひとりが現状に目を向け、衣食住、身の回りのものを意識し、判断する。子どものためにも大人がもっと自覚すると世界が少しずつ変わると期待しています。

お客様から当社の商品を使うきっかけはお子さんの誕生だったと言っていただくことも多いのですが、自分のため以上に子どもや大切な人のためには安心・安全なものを選ぶ方は多いと思います。

広田さん
私も子どもが小さい頃に食の安全や環境問題に関心を持つようになり、食材や身の回りのものは自分が納得したものを選ぶようになりました。外食することも、お惣菜を買うこともあるけれど、自分なりのものさしで安全なものを選ぶようにしています。自宅の掃除や洗濯も石けんに出会ってからは、合成洗剤を使うことはなくなりました。でも、知る前までは台所や洗面所、浴室など、あらゆるところで合成洗剤を使っていました。パッケージにもメリットがたくさん書かれているし、産婦人科でいただいた赤ちゃん用の洗浄剤だって合成洗剤でしたから。むしろ「いいものを選んでいる」と思い込んでいました。体への悪影響を知った時は、『なんてことをしてたんだ』と子どもへの申し訳なさと無知の怖さに驚愕しました。知るって本当に大切ですね。合成洗剤を石けんに変えるだけなんて、とっても簡単なことです。でも、簡単だからこそしっかり言わなくちゃいけないと思うんです。『お母さんたちに伝えて子どもたちを守らなきゃ』と思うと仕事に向かう力が湧いてきます。

誰にでも発症の可能性があるということ

まずは「知ること」が本当に大切ですね。子どもたちを守るためにも大人が何でも鵜吞みにせずきちんと調べて、行動することで状況も変わってくると思います。

広田さん
石川先生は生前、化学物質過敏症の患者さんについて『反応が出る人は危険を察知できるのだから、体が優秀なのだ』って言われていました。化学物質は食べ物経由で体内に取り込むよりも、口からの呼吸で空気と一緒に直接体内に送り込まれるほうが消化管や肝臓などの防御作用をほとんど受けずに血流に直行するため、体へのダメージがずっと大きくなりやすいとも言われます。自分は発症していないからと見過ごすのではなく、自分や家族の健康のことを考えて、できるだけ化学物質との距離を意識すると発症のリスクは軽減できると思います。ただどれだけ伝えても、目に見えない化学物質が私たちの体に、まして心に与える影響について『まさか、そんな』とおっしゃる方がまだまだ多く、伝えることのむずかしさを痛感することがあります。化学物質過敏症のことを他人事だと思わず、みんなに発症の可能性があることを理解し、一人でも多くの方に関心を持っていただければと思います。

改めて30年という長きに渡る活動への敬意を表すると共に、この先もそれぞれの立場から『香害・化学物質過敏症』で苦しむ方を減らすための取り組みをサポートさせていただければと思います。

広田さん︎
ありがとうございます。すべてほんの些細な気づきから始まるものです。一人ひとりが社会課題に目を向け、自分のこととして考えることができると、自分以外の人を思い合えるやさしい社会になるはずです。化学物質が私たちの心身に与える影響について、今を生きるみんなの問題としてまずは関心を持つことで、今よりもっとやさしい社会に向かっていくと思います。かつてご自身の信念を貫き無添加石けんの製造・販売をはじめたというシャボン玉石けんの先代社長のように、化学物質過敏症支援センターも信念を貫き、苦しんでいる患者はもちろん、今は影響が出ていない人でも誰でも発症しうるこの深刻な環境病への正しい理解と適切な対応に向けて、今できることを最大限に、まっすぐ進んでいきたいと思います。

娘さんの発病を機に、化学物質過敏症と向き合って30年。広田さんの言葉には経験に裏打ちされた重みと共に、患者と家族を思う温かな母心を感じました。「ここに来たら大丈夫。まず私たちを見つけてほしい」。広田さんほか4名のスタッフで年間2,000件の相談に対応されています。

「化学物質過敏症支援センター」の公式サイトはこちら。
認定NPO法人化学物質過敏症支援センター
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